『ブラックボックス』
作 市田ゆたか様
【Ver 0.1】
広い屋敷の応接で、初老の紳士に対してセールスマンが説明をしていた。
高級な安楽椅子でくつろぐ紳士の斜め後ろには、メイド服の少女が無表情に控えていた。
「こちらが本年度のモデルのカタログです。お客様はもう3体もお買い上げですから、他の方よりもお早くお知らせしております」
そう言ってセールスマンは分厚いアルバムのような本を見せた。
「そうですねぇ。次はどのような機能にしましょうかねぇ」
「今までに、秘書タイプ・掃除タイプ・調理タイプのメイドロボをお選びですから、そろそろ汎用タイプなどはいかがですか」
「いやいやぁ、単一の洗練された機能の美しさにはかなわないですからねぇ」
「それでは、セクサロイドタイプなどは…」
「もうそのようなものを必要とする年齢は過ぎましたよ。残りの人生を優雅に楽しませてもらえるようなものはないですかねぇ」
「それでしたら、ティーサービスタイプはいかがですか。ただし、複雑な機構を内蔵しますのでかなりお高くなってしまいますが」
「君は私が紅茶を好きだと知っていながら、そのような冗談を言うのですか。紅茶とはその場で葉を吟味して淹れるもので、保温してあるものをコーヒーメーカーのように出せばよいというものではないんですよ」
「もちろん、それはよく存じ上げております。こちらのロボットは本年度からの最新モデルで、常時熱湯をタンクに保存しておりストックされた24種類の茶葉を必要に応じてブレンドして、その場でお出しすることが可能です」
「ほう。そうなんですか」
「はい、提携企業の技術者で紅茶に詳しいものが念入りに設計しております」
「それならば、安心ですかねぇ」
そういって老紳士は厚いカタログをぱらぱらとめくった。
カタログには1ページごとに女性の姿を前と横から撮影したものが、裸体と服を着たものの1種類づつと、顔の拡大写真が掲載されており、身長体重をはじめとする身体各部のデータが掲載されていたが、名前についてはどこにも書かれていなかった。
カタログの前半に掲載されている女性の服はほとんどが学校の制服で、一校あたり10名程度が掲載されているようであった。後半に行くに従って、年齢が上がり私服のバリエーションが増えて行き、OLやキャリアウーマンのような姿も混じるようになっていた。
「お気に入りのタイプは見つかりましたか」
「ええ、この38番がよいですねぇ。肌のつやと均整の取れたボディがいいですねぇ」
「さすが、お目が高い。私どもの用意できるものの中では最高級です。こちらでしたら、メイドロボに最適です」
「では、これを今までと同じようにしてもらいましょうかねぇ」
「分かりました。素体ナンバー38を以前の3体と同じように、表面仕上げはタイプAということでよろしいですね。
ご存知だとは思いますが、私どもの人間型ロボットは後々で面倒なことになるのを防ぐために一目で分かる特徴を持たせることになっております。
表面の肌や服装を人間と同様のタイプAにするのでしたら、それ以外の部分で特殊パーツを選択していただきます」
「ええ、わかっていますとも。そこも今までと同じようにしていただくのが良いですねぇ」
「それでは、手足と首に金具をつけるということでよろしいですね。最近はアンテナ付耳カバーが流行なのですが…」
「いつものとおりにしてください。そうじゃないと買いませんよ」
「わ、わかりました。それでは、メイド服もいつものデザインでボディに直接固定するということでいいですね。脱がせたりはできませんから、メンテナンスも大変ですが…」
「私には裸を楽しむような趣味はありません。ましてやロボットとはいえ大事なメイドたちが万が一にも他人に犯されたりするかと思えば、脱げないようにしてあげるは当然のことですよ。
メンテナンスにしても、その手間賃もあわせてお支払いしてるはずですがねぇ」
老紳士は年に似合わず声を張り上げて力説した。
「失礼しました。お客様のお望みどおりのロボットを提供するのが、我々の使命であることを忘れておりました。ところで、もう4体目ですから、そろそろ集中コントロール装置などはいかがですか」
「今のところは不要ですねぇ」
「わかりました。それでは、そちらは次の機会にでもということで。振込みが確認され次第、手順に入らせていただきます。
素体の状況にもよりますが、調整に約一週間から一ヶ月かかりますのでお待ち下さい。お買いあげありがとうございました。」
セールスマンはそう言って、屋敷を後にした。
「なあユウコ、もうすぐお前の仲間がくるからね…」
老紳士はそばに控えるメイド少女に話しかけた。
「はい、御主人様」
メイド少女はそう言って軽く頭を下げた。
「ピンポーン。3年C組の白石小百合さん、校長室にきてください」
放課後の教室に校内放送が流れた。
C組の教室には二人だけ残っており、それぞれ帰宅の準備をしていた。
「小百合ってば、どうしたの。何か怒られるようなことやったんじゃないの」
「もう、いつも怒られてばかりの美崎と一緒にしないでよ」
友人の声に小百合は明るく笑った。
「冗談だってば。それじゃあ、あたしは先に帰るね」
美崎とよばれた少女は、教室の扉から元気よく飛び出して行った。
小百合は手提げカバンに教科書やノートを詰め終わると、校長室に向かって歩き出した。
小百合は校長室のドアをノックした。
「入りたまえ」
中から校長の声が聞こえた。
小百合は重い扉を開けて、室内に入った。
「この子は基礎工程まで終わっているんですよね」
校長の隣に立っている見知らぬ男は、手に持った書類と小百合の顔を見比べながら言った。その男は数日前、老紳士のところにいたセールスマンであったが、小百合はそのようなことを知る由もなかった。
「当然だ、だからそのカタログに掲載してあるんじゃないか。我が校の今年の適合者12名の中ではもっとも適正が高いんだから、しっかり覚えておいて頂かないと困るよ」
校長がが言った。
「何をおっしゃっているんですか、校長先生」
「すまんすまん、これからちょっとした面接を受けてもらいたいんだよ。彼は《ファクトリー》の営業主任の高畠君だ。この学校に人材を探しに来てね」
「面接…ですか」
小百合は怪訝な顔をして、男の書類を覗き込んだ。
「なっ、何よ、これは」
書類にはどこで撮影されたのか小百合の全裸の写真が貼り付けられていた。
「校長先生、これはどういうことですか」
小百合は男の手から書類を取り上げてびりびりと破って捨てた。
「だから、面接だよ。どうかね、高畠君」
「ええ、申し分ありません。クライアントもお気に召すことでしょう」
「私を無視して話を進めないでいただけますか。いくら校長先生でも事と次第によっては許さないですよ」
そう言って小百合はカバンから携帯電話を取り出してダイヤルしようとした。
チリーン…
どこかで鈴のような音が聞こえた。
(何、この音は?)
小百合はダイヤルする手を止めた。
チリーン…
その音は、小さな音にもかかわらず、小百合の脳裏からはなれなかった。
(そういえば、何処かでこの音を聞いたことがあるような…)
チリーン…
(あれ、わたしは、何を…しようと、してたん…だっけ…)
小百合の意識は闇に沈み、ふらふらと床に倒れた。
「危ないところだったな」
小さなハンドベルを振りながら校長が言った。
「ありがとうございました。基礎工程が終わっていて助かりましたよ」
「ふん、当たり前だ。とりあえず《ファクトリー》に運び込むぞ」
校長と男は倒れた小百合を細長い木箱に押し込めて、台車に乗せた。
ぎゅるる…
激しい音を立てて、一台のバンが校門から飛び出して、走り去った。
「危ないわね。まったく」
風にあおられて、美崎は悪態をついた。
そのバンは、出入りの学習教材業者のものに似ていたが、どこか違和感があった。
その違和感が何であるかを美崎が知ることはなかった。
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